95年の874。JAMAICAに行った時、私はオチョリオスに滞在していた。その頃はオチョリオスが活動拠点だった様に思う。TAXIに乗ってオチョリオスの田舎のダンスに行った。BASS ODYSSEYと名前すら知らなかった「ECHO STONE」と言うTWO SOUNDSのダンス。お客さんもまばら。でも、早い時間からSquingyがマイクを握り「アツイ」MCをしていた。ECHO STONEの時間が来ても。ECHO STONEにまったくPLAYをさせない。格下の彼らは何も言えない。挙句の果てには、ECHO STONEにボロクソ言って帰って行った。今でも鮮明に覚えている!なんなんだ~、この人は~!!と衝撃だった。JAMAICAを喜怒哀楽で言うと「怒」の部分を地で行ってる感じがした。

数年後、来日した。あの「攻撃的」なSquingyがどんなPLAYをするのか楽しみにだった。が、以外にもジョグリンな感じであっさりとPLAYして帰っていった。



posted : Thursday, November 26th, 2009

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posted : Thursday, November 26th, 2009

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posted : Monday, November 23rd, 2009

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posted : Friday, November 20th, 2009

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例えば、ここまででお分かりの通り、私のような廃棄主義者と一緒に暮らしている人間は、なぜか保管主義者であったりする。  これは非常に神秘的な傾向だと思う。

 無論、生まれつきの傾向というのはある。
 が、たとえば、二人の「捨てる派」が一緒に暮らすと、二人の捨てる派のうちの、より捨てる傾向の薄い側の人間が、保管派にまわるようになる。

二人の保管派が共同生活をした場合でも同じだ。どちらかが廃棄を言い出さないと空間は管理できず、空間の管理が決定しないと生活はドライブしないからだ。



posted : Monday, November 16th, 2009

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